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今朝は7時で気温が29度を超えており、一晩中緩めのエアコンで寝ていたが、設定温度を下げざるを得なくなってしまった。今日は確実に猛暑日になりそうで、明日はさらに暑くなる予報が出ている。この先一週間ほどが辛抱のしどころだ。

先日テレビの解説員をしている人に話を聞く機会があったが、その中でニュースリリースのタイミングについての話題になった。ニュースのネタ枯れの時期があり、そのタイミングを狙ってリリースをすると取り上げやすいとのことである。

具体的には、ゴールデンウィークとお盆の時期が最も顕著で、役所も休みで大きな動きがないためである。逆に、秋は予算編成もあるのか、何かと国の動きも活発で、ニュースネタには事欠かないということである。

話を聞いてから、テレビのニュースをチェックしていると、ふだんなら取り上げないような撮りだめしたニュースが流されることが多いように感じられた。今年の場合7月に選挙があり、ねじれが解消したことで7月下旬から国会は夏休みモードであり、官庁の動きも鈍いのだろう。

そんな状態なのだから、ふだんなら小さな扱いになるものがトップ記事になってしまい、いやでも目立つようになってしまう。この数日で言うと、原発の汚染水の問題、“みんなの”党が“わたしの”党であること、内閣法制局の人事などがセンターに躍り出てしまったのではないだろうか。

内閣法制局の人事などは、出来ればそっとしたかったのだろうが、ニュースのネタ枯れの時期に遭遇したため、思わぬ大きなニュースになってしまったのではないだろうか。日銀の総裁人事で味を占めたのだろう、政府に対する第三者的立場の組織でも、トップを入れ替えることで意のままになるという露骨な姿勢のように思える。

最近出かけることが多いので、本を読むペースが上がっている。間もなく読み終えるのが、「報復の王国」(黒木亮著 産経新聞出版)である。裁判官の世界を、昭和30年代から現在までを描いた「大河小説」で主人公たちは仮名だが、政治家や最高裁の長官などは実名で登場し、現実に起こった数々の裁判が登場してくる。

聞いたことがあるものばかりだが、中身についてはほとんど知識がなかったので、「なるほどそうだったのか」という話ばかりである。そんな中で、度々登場するのが裁判官人事による、露骨な判決の捻じ曲げである。

人事権は権力の根本だと思うのだが、法制局長官や幹事長の更迭など、振りまわしすぎるのもどうかと思うのだが…

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韓国人の登山客3人が中央アルプスで亡くなった。大雨の中の登山で、低体温症を発症したことが原因と見られる。韓国では登山ブームで、国民の4割が毎月登山を楽しんでいるらしい。しかし、韓国ではせいぜい2000メートルクラスの山しかなく、3000m級の魅力に魅かれて、韓国からの登山ツアーが増えている中での事故だ。

高校時代、毎年夏休みには北アルプス縦走に挑戦していた。しかし、完走できたのは一度きりで、それ以外の年は途中で断念するしかなかった。一度は上高地から1日進んだだけ、もう一度は上高地のテントから出発することもできなかった。高校の夏休みが始まってすぐに出かけるので、梅雨明けが遅れると身動きが取れなくなるのだ。

3年目にはゲン担ぎで富山県側からチャレンジし、神様の御加護もあり、1週間後にようやく上高地に辿りつくことができた。顧問の教師が居たが名前だけで、同行したとしても途中からの参加しかせず、動かないと決めたのは必ず同行したOB(といっても現役の大学生だったが)の判断である。

上高地から動けなかった年は、テントの回りに溝を掘っていたのだが、溢れた水がテントの中を河のように流れ、1日だけ何とか進んだ年も稲光が眼の下を通り過ぎるような悪天候に遭遇してしまった。非常時にはテント代わりになるような大きなポンチョをまとっての登山だったが、それでも身体がびしょ濡れになり寒かったことは今でも記憶に残っている。

登山では引き返す勇気も大事なのだが、韓国からわざわざやってきたので強行したのだろう。大雨に打たれて低体温症を発症して身動きが取れなくなり、さらに症状が悪化して亡くなったのだが、低体温症を侮ってはいけないと思う。

先日テレビの解説委員にインタビューしたのだが、川でおぼれて亡くなる人のほとんどは低体温症をを発症しているということを聞かされた。ニュースでは「深みにはまって」としか報じられないのだが、正確には「深みにはまって低体温症を発症し」と表現しなければならないとのことであった。

川は流れがあり、深みになると水温が一気に下がるため、想像以上に水温が低くなるようである。そのため低体温症になりやすく、動きが鈍くなって溺れてしまうということらしい。

昨日帰りの車中で読んでいた夕刊フジにも、集中豪雨の危険性の一つとして雨に打たれすぎると低体温症になることもあるという記事が掲載されていた。自然災害から身を守るためには“リテラシー”が必要であり、低体温症についての知識もその一つなのだろう。

低体温症といえば、今年の箱根駅伝の事を想い出した。今年の箱根では、山登りの5区で2人の棄権者が出たが、いずれも低体温症とのことである。今年の往路は猛烈な向かい風が吹き、山登りでスピードが鈍っている中で強風を受け続けたために、低体温症になってしまったのだ。

風だけでも低体温症になるのに、雨が加わるとダブルパンチだ。韓国の登山客の悲劇も、風が加わったのかもしれない。

気温はそれほど高くはないのだが、猛烈な蒸し暑さで体中にカビが生えそうな日々が続いている。年齢を重ねるとともに気候の変化に対する耐性がなくなってきていると実感している。運動をして思い切り汗を出すことが特効薬ということは分かっているのだが…

今携わっているプロジェクトの一つに、水の事故にまつわるものがある。この時期になると、海や川での事故が連日のように報道されるが、水の事故の発生件数は減少を続け、水死する人の数も警察庁の統計では02年の2018人から、11年には1656人となっている。昭和50年代には5000人近くの水死者が出ていたことを考えると、大幅に事故が減ったことになる。

同じように事故で亡くなる人が減ったものに、交通事故がある。高度経済成長期には毎年1万人を超える犠牲があり、日清戦争での戦死者とほぼ同じレベルであったため、「交通戦争」という言葉が当時よくニュースで耳にしたものだった。

シートベルトの着用義務、ヘルメットの着用、自転車専用道路の整備などあの手この手の、国を挙げての対応で、ピーク時の70年には1万7千人近くの犠牲者数が、40年後の12年には4千4百人と、1/4にまで減少している。国の取り組みとしては、大きな成果を上げた部類だろう。

水の事故の減少にはどのような対策が取られたのか考えてみたが、とっさには思い浮かばなかった。色々調べてみたが、これといった決め手になるようなものがなく、ようやくたどり着いたのがマリーンレジャーの減少であった。

レジャー白書によると、海水浴をする人の数は80年代から90年代前半までは3千万人を超えていたが、90年代後半から減少に転じ、2010年にはとうとう1480万人にまで落ち込んでしまった。少子高齢化で様々な分野で縮み現象が起きていることの表れかと思ったが、そうでもないらしい。

レジャー白書の人気上位20位から、98年を最後に姿を消しているのである。色々な対策が取られた結果ではなく、海や川で遊ばなくなったための事故の減少であるらしい。汗をかくことを嫌うのは私だけではなく、日本中に広まっているということか。

日本の国土の広さは世界で60位なのだが、領海面積は世界で6番目である。海洋国家なのに。




昨夜のニュースウオッチ9で、農民作家の山下惣一さんのインタビューが流れていた。印象的だったのが二つの言葉で、一つ目は「農家は前の年と今年も同じように“安定”して過ごせることを好むが、世間ではこれを“停滞”と呼ぶ」というものである。同じものを違う角度で見ると、見え方が違うということか。

もう一つは、「強い農業とは選択と集中によって生み出されるのではなく、競争にさらされながら結果として残った農業が強い農業である」という意味の言葉だった。例によって、晩酌が進んだ中での視聴だったのでうろ覚えなのだが、いずれも含蓄のある言葉だと思う。

TPP交渉に昨日から本格的に参加しているが、これを睨んで安倍政権でも“強い農業づくり”を旗印に掲げている。目新しいものではなく、これまで日本の農業政策では常に強い農業を目指した施策をとってきており、儲かる農作物への傾斜や、農地を集約しての大規模化は常に進められてきているのだ。

ニュースを見ていて、先日沖縄の津堅島で見た風景を想い出した。島ではニンジンともずくの栽培が盛んだが、昔からあったのではなく最近(といっても10年以上前からだが)始まったばかりということだった。フェリーの船着き場には「キャロット・愛・ランド」の看板が立てられブランド化を図っているのがうかがえた。儲かるものにしようという試みである。

島の中央部を車で走っていると、ニンジン畑の隣に草がぼうぼうと生えて休耕田のようなところがあちこちに点在した。近くで見ると、草の間から鉄骨らしいものが見えた。地元の人に尋ねると、「ビニールハウスの跡」ということだった。

昔メロン栽培をやろうとしてビニールハウスを造ったのだが、台風の度にビニールが飛ばされ張り替えに20万円もかかり、度重なる台風の襲来に放棄に追い込まれたとのことである。沖縄でビニールハウスというのには少し違和感を覚えたのだが、メロンはハウスがお気に入りということなのだろう。

驚いたのは、ハウス1棟に1千万円の建設費用がかかったとの話である。多い所では、5棟ものハウスが立ち並んでいた跡があり、5千万円の投資をしたことになる。裕福とは思えない人口500人の島で考えにくいことなのだが、農協の融資があったようである。

ハウスの製造や建設にも農協の息がかかった業者が絡んでいるのだろう。生産物の販売だけでなく、設備や融資など何重にも農協のビジネスチャンスがあり、「キャロット・愛・ランド」もその一貫と思える。

島には小さな看板だが、「貯金は漁協へ」というものがあった。漁協が金融機関との機能もあるとは知らなかったが、モズクの特産化は農協のニンジンに対する対抗策なのだろう。考えさせられる出来事だったのだが、昨夜のニュースを見て少し憤りを感じてしまった。

「強い農業づくり」ではなく、「強い農協づくり」になってはいないのだろうか。
昨日は久しぶりの猛暑日になったが、“沖縄の33度”を体感したばかりで特別暑いという感じではなかった。東京の35度というのは“上げ底”なのだろうか。

原発問題は選挙の争点にはならなかったが、今週は原発事故にかかわるニュースが相次いで報道されており、原発事故はまだまだ収束には向かっていないことを改めて実感させられる。原発から汚染水が海に流出したということを、東電が公表した。原子力規制委員会には18日に報告したのに、報道機関への発表は月曜になったというのは、参議員選挙に“配慮”したと勘繰られても仕方がない行為だと思う。

除染にいくら費用がかかるのか政府は公表をしていないが、昨日産業技術研究所が試算結果を発表した。国の直轄分が1兆8千億円から2兆円、自治体の担当部分が7千億円から3兆1千億円というものだった。自治体が行うといっても、その費用は国からの助成金をあてるのだから、実質的には国の除染費用は2兆5千億円から5兆1千億円になる。

除染対象地域に住む人が20万人居たとすると、1人当たりすると1千万円から2千万円の除染費用がかかることになる。除染するだけでは住めるようにはならず、家の再建費用などを考えると気の遠くなるような数字になりそうだ。

これだけのお金をかけてまで除染をするべきなのかという意見もあるようだが、住めるようにまで手をかけるのはともかく、「汚したものは奇麗にして返す」というのがあるべき姿なのだろう。

政府の姿勢は、事故当初から一貫して一時的責任は東電にあるとして、国が肩代わりしている除染費用も東電に請求するという姿勢は崩していない。廃炉の費用負担や補償金などを考えると、全て東電の負担とするのは無理な話であり、原則論にこだわるのではなく、方針を変えて国と東電の責任分担を考えるべき時が来たのではないだろうか。

原発再稼働の問題は政治課題として大きくクローズアップされるのだが、事故の収束に向けての問題も大きな政治課題だと思う。しかし、国民負担という痛みしかないため、政治家がまともに取り組むことはないのだろう。巨大与党が誕生した今はチャンスなのだが…

廃炉作業には30年から40年かかるとされている。40年かかるとすると、この春に東電に入社した新入社員が、廃炉式(こんなものがあるかどうかわからないが)に社員として出席できるかどうかギリギリだ。やっぱり原発は要らないという気になってきた。


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