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チリの鉱山事故で閉じ込められた33人が、17日ぶりに無事が確認されたニュースは、世界中でトップニュースとなっている。事故から17日もたって絶望視されていた中での生存確認だけに、「奇跡の生存」として大きく報じられるのは当然だろう。

このニュースをより感動的なものとしたのは、生存が判明したのが、引き上げられたドリルの先端に手紙が結び付けられていたためだと思う。デジタルの時代に、通信手段が手書きの手紙を結ぶという何ともアナログ的なものであったところに、人の温もりを感じさせ、より感動的なニュースとしてインパクトを与えたのだと思う。アナログの温かみだ。

残念なのは、これが「奇跡の生還」にはならず、救出されるまで2~4カ月かかる見込みとなっていることだ。4カ月先と言うと、クリスマスの頃になる。大勢の仲間が居るとはいえ、4カ月も地下700メートルに閉じ込められるというのは耐え難いことである。

多分、国際的な救助チームが結成されることになると思うが、どのようなアイデアが生み出されるのだろうか。ここでもハイテク技術にアナログ的な工夫が加味されるのだろうと思うと楽しみだ。

フィリピンのバスジャックの後始末はいただけない。人質の半分が犠牲になるというのは、失態だと思う。人質事件は、制圧すればよいというのではなく、人質の救出が最優先されるべきであり、アナログ的な工夫の余地がなかったのだろうか。





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昨日は風向きが北東に変わり、本来は暑さが和らぐはずだったのだが、結局最高気温は33度もありそれほど温度は下がらなかった。しかし、夕方からようやく温度が下がり始め、久しぶりエアコンを点けずに眠ることができた。今朝も爽やかな風が吹いており快適である。

北東からの風は親潮の上を通ってくる涼しい風である。しかし、鹿島灘に上陸した涼風も、これまでの猛暑で地表に蓄積された熱の影響を受け、都心へたどり着くまでに温まってしまったのだと思う。それでも一日北東からの“扇風機”が吹き続けたおかげで、ようやく昨日の夕方から温度が下がってきたのだろう。

この涼しさも今日までで、予想天気図によると北東風をもたらしてくれた高気圧が去り、南風を持つ高気圧がやってくるようだし、熱風を引き寄せる、日本海側に前線が流れるという猛暑パターンに戻りそうだ。

山や海の遭難事故のニュースを目にするたびに思うのは、気象に関する知識が年々乏しくなっているような気がすることだ。天気予報などがない時代は、空を眺め風を感じて自らの判断で天気を予想し、その経験則から“観天望気”も生み出されてきた。

天気予報が発達したために、空を眺め、風を感じて天気を予測する力が減退し、判断できなくなったことが遭難事故を増やしているのだと思う。

NHKは夏休み対策として、レギュラー番組を休みにして、お試し番組を何本か放送している。視聴者の反響を見てレギュラーにするかどうか判断する、番組のテストマーケティングだ。

そんなお試し番組の一つとして、「気象転結」という番組が昨夜放送された。10時55分からという私にとっては辛い時間帯だったが、なんとか我慢して観た。能力が減退してしまった気象に関する判断力を復活させるためにも、ぜひともレギュラー番組化してほしいものだ。

1ドル85円を割り込んだことで、毎度の大騒ぎである。今朝の日経の3面の見出しは、「円高、デフレの日本に重荷 無策では許されず」と大袈裟なものになっている。私は気に入らない。

日経の解説記事の最後はこう締めくくられている。「動こうともせず、事実動かない日本は、市場にとって格好の標的だ。金融政策と歩調を合わせた円売り介入など、手持ちのカードは少ない。それでも、肝心な時に動かなければ、究極の空洞化という重圧が待ち受けている。企業のため、何より雇用や生活を揺さぶられる国民のため、無策では済まされない」。

円高を放置し続ける事で、生産拠点の海外進出が加速し、雇用が維持できなくなるという脅しのようである。手持ちのカードが少ないことを認めた上での対策の強要であり、脅し以外の何物でもない。社会の木鐸という言葉の意味には、“煽る”ということも含まれているようだ。

そもそもこの10年間輸出企業が、雇用にどれだけマイナスを与えてきたかを忘れたかのような論調である。非正規雇用を拡大し、雇用不安をもたらしたのは輸出企業だったのではないだろうか。

1円上がると○○億円の損失になると報じられているが、企業が不利益を被ると声高に政府の出動を叫ぶのに、好業績の時には株主と経営者で利益を分け合い、雇用者には分配をしなかったのがこの10年間だったと思う。

よく似た話として消費税の増税論議の中で、税制の“抜本的改正”が謳われている。国際標準から見て割高な法人税の引き下げが、消費税の増税とセットになっている。共産党の「大企業のための税制改正」という主張にも一理はありそうだ。

企業の社会的責任が問われる時代になっているはずなのに、それを果たさず、窮地に立つと国に対策を求めるのは無責任だと思う。億を超える高額報酬が“当たり前”になっている大企業の経営陣は、社会的無責任ではないだろうか。

これの先頭を切って叫ぶメディアも無責任なのだが、日経は経団連の“機関紙”ゆえに仕方がないことなのか…

猛暑が続いている中で、野菜と果物の卸売価格が高騰している。果物はあまり買うことがないのであまり実感はないのだが、よく利用するカット野菜は価格を据え置いているせいか、量が減っているように思う。

野菜と果物の価格高騰は理由が違うらしい。野菜は高温のために生育が悪くなり、供給量が不足しているためで、需給バランスの問題として納得はできる。

問題は果物の方で、こちらは高温に“恵まれ”糖度がアップし、質のいいものが多く出回るようになったためと解説されている。需給バランスではなく、品質価値での値上がりということらしい。おかしな話だ。

これでは「天の恵み」が供給側に独占されて、消費者にはその恩恵が全く得られないことになる。同じ値段でも糖度が高く旨い果物が供給されると需要が増え、結果的に供給側も潤うというのが経済原則であるはずだ。“プチ贅沢”を狙ってのものだとしたら、お門違いではないだろうか。

7月の初めに2度ほどスイカを食べたが今一でガッカリしたのだが、再チャレンジしてみようか。
昨日は65回目の原爆の日にあたり、国連の事務総長とアメリカ大使が式典に初めて出席したことで注目を集めた。CNNやBBCは式典の模様を生中継したそうである。

これほどまでに英米のメディアが注目したのは、“謝罪”をするかどうかにあったためである。アメリカでは原爆投下の正当性を主張する意見が多数派を占めている。本土決戦が敢行されていたならば、多数の米軍兵士が犠牲となり、それを避けるためにはやむを得ないものであるというのが論拠である。

謝罪をするということは、正当性を否定することになる。これが、彼らにとっては我慢ならないことなのだろう。なんでもすぐにあやまる日本人との感性の違いなのだろう。

デッド・ボールを与えると、日本のピッチャーは帽子をとって頭を下げてごめんなさいをするのが当たり前になっている。しかし、メジャーリーグの中継を見ていると、彼等は知らん顔をしているのがよく見られる光景である。

その代わり、次の回に相手のチームから報復のデッド・ボールを誰かが受ける事になり、ひどい時は乱闘騒ぎになる。「やられたらやり返す」という考えが根底にあるのだろう。イスラエルとパレスティナの関係と同じだ。

にもかかわらず、彼等は絶対にあやまることをしないのは、あやまったとたんにステージが変わるからだろう。日本と中国や韓国の関係を見ればよくわかることだ。下手な謝罪をすると、ドンドン不利な立場に追い込まれることになる。

この構図は、夫婦関係にもあてはまるのだが…



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