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今朝の寒さは今年の冬では一番である。舗装道路が多くあまり目にする機会がないのだが、公園の芝生で霜柱が降りていた。思わず霜柱を踏みしめながら歩き、ザクザクという心地よい音に子供の頃を思い出してしまった。

今朝の日経には世論調査結果が掲載されている。内閣支持率が先月に比べて10ポイント以上低下し、不支持が支持を上回ってしまった。共同通信の調査でも同じ傾向が示されており、福田内閣は就任3ヶ月で賞味期限切れになってしまったようだ。

年金の照合が進まないことや、防衛省の不祥事などが原因だという解説が寄せられているが、私はそれ以上にC型肝炎訴訟に対する歯切れの悪さが政府に対する不信感につながっているように思う。

証拠の記録がない人に対しては救済が受けられないという措置に対して、国民が反発しているのだと思う。年金記録の問題もそうだが、結局は被害者側に立証責任があるという態度に終始していることが、責任逃れという感じを抱かせているのではないだろうか。

小泉内閣は終始一貫して高い支持率をキープしてきたが、その要因の一つは就任早々にハンセン氏病において、全面的に国の責任を認め、和解を受け入れた首相決断に好感を持たれた事が大きかったように思う。

その時に、官房長官として奔走したのが福田首相である。どうして今回は身内を庇うことに懸命になっているのだろうか。

今年を象徴する言葉は「偽」という言葉になっている。何とも暗い言葉が選ばれたものだ。福田首相は記者の質問に答えて今年の言葉を「信」という言葉をあげている。

どちらも人偏の付く言葉であり、人の行為である。人間が他の動物と違うのは「判断」するということにある。危機管理は「察知」「分析」「解毒」「再生」の4つのステップが必要とされている。

このステップにおいて、判断する力がなければどうしようもない。判断力の鈍さが危機管理能力の欠如として国民の目に映っているのではないだろうか。土曜のブログでも触れた、ルネッサンスのような素早く、包み隠さず情報を開示するという態度とは対照的である。
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昨夜は長崎県の佐世保市で柔の乱射事件が起こり、2人が死亡した。拳銃の発砲事件は暴力団が絡んだものがほとんどだが、散弾銃は一般人によるものが多い。暴力団組員に散弾銃の保有許可が出るわけはなく、当然のこと。

昨夜はNHKの「地域発!どうする日本」(タイトルとは異なり東京のスタジオを中心に放映しており、ここに問題の本質があるような気がするのだが…)を見ていたところ、テロップが流れた。7時45分頃だったように思う。

驚いたのは、事件の起こったスポーツクラブが、9時半に記者会見を行ったことだ。事件が発生して2時間少ししか立っていない段階で、社長自らが出席しての記者会見である。

危機管理マニュアルに沿ってのものであろうが、情報の収集、関係者への連絡、発表資料の作成などを、金曜の夜にこれだけの時間にこなせる社内体制はたいしたものだと思う。一糸乱れずに行動できなければ事件発生から2時間での記者会見はできない。

企業ガバナンスのモデルのような感じだ。親会社は生命保険のトップ企業であり、親の振り見てわが振り直せを地で行ったような見事な対応だったように思う。

今月に入って散弾銃による事件は3件目であり、物騒な世の中だ。

ロシアの憲法では元首である大統領の任期は2期までと定められている。支持率の高さから憲法改正による任期延長もできるのに、あえて後継指名をしたプーチンが次は首相になりそうだ。

院政を敷くというのは、後ろに隠れて影響力を発揮するのだが、今回は前面に出て睨みを利かすわけで、このような場合でも院政というのだろうか。

任期を無制限にすると多選による弊害が出てくるのは、県知事の事例でも多く見られる。一方、ブッシュ政権のように次の選挙を考えなくてよいような時に、積極的な政策の推進に欠けるような側面も見られるようになる。

メリット・デメリットがあり任期を決めるというのは難しいのだが、基本的には成熟した社会では身を引くことが重要なのではないだろうか。何かと口を出しては袖にされる森元首相と、あっさりと身を引いた小泉元首相とは対照的だ。

この文章を書いている時に“にんき”と打ち込むと最初に出てくる文字は“人気”である。人気が任期を決めるのだろうか。
大相撲の地方巡業で、報道陣から取材料を1社1万円ずつ徴収したそうである。朝青龍が復帰したこともあって、地方巡業の話題が連日紙面を賑わせている。

普段は地方巡業の話題などは、ニュースにならないのだが、朝青龍がいるだけでニュースとしての価値があると判断されているのであろう。話題を追いかけるというメディアの特性が良く分かる出来事だ。

相撲の巡業は一時相撲協会が自主興行を行ったこともあるが、現在は元に戻って勧進元に平日は850万円、休日は900万円で売り切るのがスタイルになっている。今朝のサンスポの今村記者のコラムでは、勧進元はこれ以外に力士の宿泊料として300万円ほどの経費がかかるという。

天草巡業では目算が狂い、勧進元は500万円くらいの赤字が生じ、埋め合わせの一部にと取材料を請求したらしい。相撲協会は、勧進元に売り切ったのだからということでこの件には関与しなかったということである。

とんでもない話だと思う。相撲人気の低迷ぶりは著しく、不人気の九州場所では、NHKのカメラはなるべく観客席は移らないようにという努力が見られたほどである。

メディアで報道されることの広告効果はとてつもなく大きいものがある。サッカーくじが発売トラブルが大きくニュースでとりあげられたことがきっかけで、年間売り上げが5倍にもなり息を吹き返したことは何度もこのブログで取り上げている。

人気挽回にメディアとの協調関係は不可欠であり、身銭を切ってでも取材を受けるというのが、本来の態度ではなかったのではないだろうか。

今村氏のコラムでは、オリンピックなどでも取材費を徴収しようとする動きがあるという。確かに肖像権を販売するという側面から見ると、金額換算では大きなものがあるかもしれないが、一方では広告効果というのも同時に発生する。

肖像権は、広告効果があってはじめて成立するものであり、ニュースの使用料をとるというのは自らの首を絞める行為だと思うのだが…
OECDが実施している15歳の生徒を対象にした「学習到達度調査」の結果が公表された。この調査は、テストにより学力を測定するとともに、受験者や校長などへのアンケート調査を実施し、学習環境や態度などもあわせて国際比較できるようになっている。

新聞などで大きく報じられているのは、日本の順位の低下であり、いずれも前回の2003年調査より落としており、またしばらく学力論争が続くのだろう。

この試験の特徴は、単なる知識を問いかける問題ではなく、知識をどのように活用できるかの応用力を問う出題がなされていることである。「何故か」を考え「判断する力」を問われているものである。

大学入試では全く問われることはないが、社会人となって仕事につくともっとも必要とされる能力である。生徒へのアンケートで面白い結果が出ている。

科学的応用力でトップのフィンランドと比較すると、色んな項目で彼我の差が大きいが、もっとも顕著なのは「野外学習」である。フィンランドでは90%が経験しているのに対して、日本では36%にしか過ぎないのである。「野外学習」が当たり前の国と、特別なことになっている国の差である。

野外学習で身につくのは観察力である。いろいろのものを眺めて、「おや」という疑問からスタートし、「何で」という考える力が養成されるものである。この野外学習を取り入れているかいないかの差が、テストの結果に大きく影響を与えているのではないだろうか。

野外学習の授業は、ワークショップの形式を採らざるを得ない。

ワークショップとは本来「工房」という意味であるが、そこでは親方が弟子に手伝わせながら指導する。これが教育用語に転じて、音楽や美術など実技を伴う分野で、指導者と生徒が一緒になって技術を身につける形式をワークショップと呼ぶようになった。

これがさらに、ビジネス教育の場面でも使われるようになっている。野外学習はまさにワークショップの場であり、教師にはワークショップの運営能力が問われるのではないだろうか。


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