社長のブログです
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昨日の夜フィリピンから帰国した。日本は台風被害が広い地域に及んだようだが、台風一過の秋晴れが迎えてくれた。一方、昨日になってフィリピン東方に台風が発生し、進路が西寄りに進むため、ルソン島が直撃されそうで、台風と台風の間を縫うようにしてこの何日かを過ごしたことになる。
マニラには4泊したのだが、毎日雨がどこかの時間にあり、日本の梅雨時のような気候だった。それなのに道路の水はけが悪く、少しの雨でも道路が水浸しになり、自動車の渋滞に輪をかけることになる。台風の大雨にでも合おうものなら、身動きが取れなくなったと思う。 一昨年は中国の広州、昨年はタイのバンコクと3年続けてアジアの大都市を訪れたことになるが、マニラは上記2都市に比べて1ランク落ちる印象がした。道路整備が人口増大に追い付かず、公共交通機関が貧弱なため慢性的な渋滞となっているため、「都市としての生産性」が著しく低いように感じられた。 オリンピックの開催などとても考えられないような都市インフラなのだが、バンコクや広州は最近アジア大会が開かれた場所である事に気がついた。アジア大会レベルの開催でも、都市インフラの整備が進むのだが、マニラで開かれたという記憶はなかった。 フィリピンの人に尋ねても、アジア大会開催経験を知っている人は誰もいなかった。調べてみると、1953年の第2回大会の開催地であり、60年前の事であった。誰も知らないはずだ。 当時の大会は、8つの競技に18カ国1200人が参加したとある。現在は40競技、45カ国、9500人の規模でこの数回は開催されており、現在でもマニラは昔の8競技、1200人の規模にしか耐えられない都市インフラであるように感じられた。 マニラで一番いやだったのは、ホテルの外を一歩歩き出すと、たちまち客引きに声をかけられることだった。夜ならともかく、日本人と見ると朝の散歩でも声をかけてくる輩がいるのだ。 その理由が一昨日の夜わかった。ホテルの部屋を出てエレベータホールに向かうと、何やら下卑た日本語が聞こえてきた。私と同年輩の2人の男性が、若いフィリピン人女性5~6人を連れて部屋から出てきたのと鉢合わせをしてしまったのだ。 さらにエレベータの途中階でも同じような連中に遭遇してしまった。言っては失礼なのだが、どうみても日本では若い女の子に相手にされないような、風体、容姿であり、フィリピンに“救いを求めて”やってきたのだろう。 彼らと同類と見られて、しきりに声をかけられたのだとしたら… これから大阪に出かけるので、フィリピンの話の続きは明日か明後日に。 PR |
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