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8年前に沖縄に仕事に出かけたことがある。沖縄サミットが行われた直後であり、2000年のことである。4~5回往復しマイルもかなり貯まった。

首里城近くのホテルが定宿となったので、2回目の訪問の時に午前中時間が空いたので首里城を訪れた。首里城で驚いたことはいくつもあった。

2000円札にも描かれた守礼の門が小さいこと、中国と薩摩の施設を受け入れる場所が宮殿の左右にあり、中国側は豪華絢爛(サミットの際には首相の晩餐会が開かれた)、薩摩の側は質素なものであり、琉球王朝の中国と薩摩についての扱いの差が歴然としていることなどである。

中でも最大の驚きは、沖縄の歴史である。沖縄の歴史年表を掲示したものがあったのだが、そこでは14世紀の三山時代以降の事しか書かれておらず、それ以前は石器時代としか書かれていなかったのである。

鎌倉幕府は1185年に守護・地頭の制度が設けられてスタートし、1333年に滅亡している。その間に蒙古との戦いを2度経験している。そのような時代まで、沖縄では石器時代だったのである。

那覇市内の本屋で沖縄の歴史について書いてある本をいくつか立ち読みしたのだが、いずれも三山時代からの記述になっており、それ以前の記述はなかったのである。

その謎がようやく解けた。「司馬遼太郎が考えたこと」と題する本が新潮文庫から出ている。随筆や講演したものを寄せ集めたもので、15巻ある。その9巻に「砂鉄がつくった歴史の性格」という文章(多分講演を書き起こしたものだと思う)があり、そこには沖縄には鉄器の文化がなかったというくだりがあるのである。

鉄は武器として活用されたイメージが強いのだが、それ以上に農機具としての役割が大きい。大規模な灌漑工事は鉄器の存在が不可欠であり、沖縄に稲作文化が育たなかったのは、鉄がなかったことも大きな理由である。

石器時代は農業の生産性が低く、余剰が生まれるのも少ないため、集団も小規模である。鉄器の時代になると生産性が飛躍的に向上し、より大量生産を求めて領土拡張にいそしむようになり、戦争も起こるようになる。

沖縄人のおだやかな、のんびりした気性は700年前まで石器時代が続いたことも影響しているのかもしれない。

インターネットは鉄器に匹敵するような、大きな環境変化をもたらすものかもしれない。気性がどう変わったのか改めて整理しておく必要があると思う。
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