社長のブログです
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昨夜のニュースウオッチ9で、農民作家の山下惣一さんのインタビューが流れていた。印象的だったのが二つの言葉で、一つ目は「農家は前の年と今年も同じように“安定”して過ごせることを好むが、世間ではこれを“停滞”と呼ぶ」というものである。同じものを違う角度で見ると、見え方が違うということか。
もう一つは、「強い農業とは選択と集中によって生み出されるのではなく、競争にさらされながら結果として残った農業が強い農業である」という意味の言葉だった。例によって、晩酌が進んだ中での視聴だったのでうろ覚えなのだが、いずれも含蓄のある言葉だと思う。 TPP交渉に昨日から本格的に参加しているが、これを睨んで安倍政権でも“強い農業づくり”を旗印に掲げている。目新しいものではなく、これまで日本の農業政策では常に強い農業を目指した施策をとってきており、儲かる農作物への傾斜や、農地を集約しての大規模化は常に進められてきているのだ。 ニュースを見ていて、先日沖縄の津堅島で見た風景を想い出した。島ではニンジンともずくの栽培が盛んだが、昔からあったのではなく最近(といっても10年以上前からだが)始まったばかりということだった。フェリーの船着き場には「キャロット・愛・ランド」の看板が立てられブランド化を図っているのがうかがえた。儲かるものにしようという試みである。 島の中央部を車で走っていると、ニンジン畑の隣に草がぼうぼうと生えて休耕田のようなところがあちこちに点在した。近くで見ると、草の間から鉄骨らしいものが見えた。地元の人に尋ねると、「ビニールハウスの跡」ということだった。 昔メロン栽培をやろうとしてビニールハウスを造ったのだが、台風の度にビニールが飛ばされ張り替えに20万円もかかり、度重なる台風の襲来に放棄に追い込まれたとのことである。沖縄でビニールハウスというのには少し違和感を覚えたのだが、メロンはハウスがお気に入りということなのだろう。 驚いたのは、ハウス1棟に1千万円の建設費用がかかったとの話である。多い所では、5棟ものハウスが立ち並んでいた跡があり、5千万円の投資をしたことになる。裕福とは思えない人口500人の島で考えにくいことなのだが、農協の融資があったようである。 ハウスの製造や建設にも農協の息がかかった業者が絡んでいるのだろう。生産物の販売だけでなく、設備や融資など何重にも農協のビジネスチャンスがあり、「キャロット・愛・ランド」もその一貫と思える。 島には小さな看板だが、「貯金は漁協へ」というものがあった。漁協が金融機関との機能もあるとは知らなかったが、モズクの特産化は農協のニンジンに対する対抗策なのだろう。考えさせられる出来事だったのだが、昨夜のニュースを見て少し憤りを感じてしまった。 「強い農業づくり」ではなく、「強い農協づくり」になってはいないのだろうか。 PR
昨日は久しぶりの猛暑日になったが、“沖縄の33度”を体感したばかりで特別暑いという感じではなかった。東京の35度というのは“上げ底”なのだろうか。
原発問題は選挙の争点にはならなかったが、今週は原発事故にかかわるニュースが相次いで報道されており、原発事故はまだまだ収束には向かっていないことを改めて実感させられる。原発から汚染水が海に流出したということを、東電が公表した。原子力規制委員会には18日に報告したのに、報道機関への発表は月曜になったというのは、参議員選挙に“配慮”したと勘繰られても仕方がない行為だと思う。 除染にいくら費用がかかるのか政府は公表をしていないが、昨日産業技術研究所が試算結果を発表した。国の直轄分が1兆8千億円から2兆円、自治体の担当部分が7千億円から3兆1千億円というものだった。自治体が行うといっても、その費用は国からの助成金をあてるのだから、実質的には国の除染費用は2兆5千億円から5兆1千億円になる。 除染対象地域に住む人が20万人居たとすると、1人当たりすると1千万円から2千万円の除染費用がかかることになる。除染するだけでは住めるようにはならず、家の再建費用などを考えると気の遠くなるような数字になりそうだ。 これだけのお金をかけてまで除染をするべきなのかという意見もあるようだが、住めるようにまで手をかけるのはともかく、「汚したものは奇麗にして返す」というのがあるべき姿なのだろう。 政府の姿勢は、事故当初から一貫して一時的責任は東電にあるとして、国が肩代わりしている除染費用も東電に請求するという姿勢は崩していない。廃炉の費用負担や補償金などを考えると、全て東電の負担とするのは無理な話であり、原則論にこだわるのではなく、方針を変えて国と東電の責任分担を考えるべき時が来たのではないだろうか。 原発再稼働の問題は政治課題として大きくクローズアップされるのだが、事故の収束に向けての問題も大きな政治課題だと思う。しかし、国民負担という痛みしかないため、政治家がまともに取り組むことはないのだろう。巨大与党が誕生した今はチャンスなのだが… 廃炉作業には30年から40年かかるとされている。40年かかるとすると、この春に東電に入社した新入社員が、廃炉式(こんなものがあるかどうかわからないが)に社員として出席できるかどうかギリギリだ。やっぱり原発は要らないという気になってきた。
水分の取りすぎによる飽和状態は昨夜まで続き、ビール→日本酒→焼酎という晩酌のコースではなく、焼酎→日本酒という逆ルートになり、とうとうビールに手を出すことはなかった。気温が上がるとビールの消費量が増えるのだが、上がりすぎると水分過多になりビールが飲み辛くなるという仮説が出来そうな気がする。
今晩は、正常にビールからスタートできるようになることを期待しているのだが… 沖縄の話の続きを少し。沖縄にはサミットが開催された年に仕事で何度か訪れたことがあり、10数年ぶりの訪問ということになる。当時はまだモノレールが工事中であったが、沖縄で初めて時刻表通り走る公共交通機関に今回は乗ることができた。 空港への足としてだけではなく、街の移動手段として活用されているようで、途中での乗り降りが随分多いように思われた。一方通行的な羽田や千葉のモノレールとは少し利用形態が違うところで、千葉のモノレールが赤字であることの理由がわかったような気がした。 10年前にも赤い瓦を使った建造物が目立っていたが、10年を経過してかなり増えていた。首里城の近くには、ローソンや交番まで赤い瓦のひさしが見られた。景観条例によるものだと思うが、時間とともに街並みが統一されていくのだろう。10年後にまた訪れたいものだ(もちろん真夏は避けての事だが)。 街並みといえば、屋根の上にステンレスのタンクを設置している住宅が目に付いた。10年前はあまり見掛けなかったので尋ねると、断水に備えてのものであるということだった。何年か前に断水が起こったようで、沖縄本島といえども島には変わりなく、島では水の確保が重要だということか。 10年前にも何度も会食をしたのだが、内地の企業の仕事であり、テーブル席で椅子に腰かけてのものばかりだった。しかし、今回の食事は全て現地の人とのものであり、座敷で胡坐をかいてというスタイルばかりになってしまった。 腰に難点があり、自分で選ぶ時は絶対に座敷での食事は避けるのだが、相手に合わせるのが顧客満足の原点でもあるから、付き合わざるを得なかった。沖縄の人にとっては、畳に座って食事をする方が楽だということであり、すでに私は“日本の心”の一つを忘れているのかもしれない。 以前、法事で長時間座って、翌日歩くのも困難なほどの腰痛に悩まされたことがあるが、今回は述べ7時間ほど座敷にいたにもかかわらず、大事に至らず幸いである。今朝まで少し後遺症が残っているようだが。
沖縄に、2泊3日で出かけてきた。10年ほど前に何度か出かけたのだが、5月から6月、9月から10月と真夏を避けてのものだったので、“本当の夏”に訪れるのは今回が初めてだった。
最高気温は33度前後であり、この夏はすでに猛暑日を何度も体験しているので、何とか耐えられるとの予想だった。金曜日は空港での仕事だったので、日中は外に出る事がなく、国内線ターミナルから国際線ターミナルへの数百mの移動の時だけ外気の洗礼を受けるだけで済んだ。 夜になると風もあってさわやかな気もするほどだった。ホテルの部屋はバリバリにエアコンが効いており、エアコンのスイッチをOFFにして一晩過ごすことになった。 土曜日は、一転して外での仕事になった。沖縄本島から東にフェリーで30分ほど離れた所にある津堅島という離島に出かけ、民家を何軒か訪ねたのだが、どこの家にもエアコンがなかったのである。人口500人ほどの島なので、200戸くらいの建物があると思うのだが、エアコンの設置率は10%あるかどうかくらいだったと思う。 島なので風があり、エアコンの助けがなくても暮らせるというのだろうが、あいにく土曜日は一日凪が続いていたようだった。我々だけでなく、地元の人も日向を歩く人は顔をしかめており、慣れている人でも辛いのだから、沖縄の陽射しの初体験者では耐えられない暑さだった。 気象庁の発表する気温は、日陰の風通しの良い場所での計測であり、カンカン照りの日向の温度ではない。風通しの良い日陰では33度かもしれないが、強烈な直射日光の下では半端ではない温度に上がっているのだと思う。日陰と日向の温度差が、東京などとは一回り違うということを体感した。 水をガブガブ飲む羽目になり、1時間に1本のペースでお茶を飲んでいたように思う。それでも仕事の終わった3時には、民宿で生ビールを2杯一気に飲み干してしまった。最近ビールは腹にたまるので、お替りすることはめったにないのだが、それほど身体が水分を求めていたのだろう。 ところが、昨日の夕方空港で待ち時間にいつものように生ビールを飲んだのだが、飲むスピードが遅くなり、もてあましてやっとのことで一杯飲み干すようになり、帰宅した後冷蔵庫のビールに手を出す気持ちはなくなってしまった。日中水分をとりすぎ、身体の中の水分が飽和状態になってしまったため、ビールを受け付けなくなってしまったのだろう。 沖縄の強烈な日差しの後遺症なのだろうが、今日も続くのだろうか? 選挙は私の予想よりも少し投票率は高くなったが、過去3番目に低い投票率ということもあって自民党の完勝だった。国会議員が何人もいた「みどりの風」よりも、諸派扱いでメディアにはまったく登場しなかった「緑の党」の方が獲得票が多くなったのはどうしたことだろうか。
昨日は、ほぼ原稿を書き終え、写真を張り付けて投稿しようとしたが、入力のスタイルがまた変わってしまったため、上手くゆかなかった。あちこち触っているうちに、せっかく書いた原稿が全て飛んでしまった。
いつもより長めの文章だっただけにショックが大きく、再度入力する気にはならず、お休みになってしまった。パソコン操作の特徴の一つは、あちこち触りまくって“問題解決”をするという所にあると思っている(私だけかもしれないが)。いじくりまわして痛い目に何度もあっているのに、懲りない人間だとつくづく思う。 昨日書きたかったのは、3連休の最終日の東京駅の混雑ぶりで、貼り付けようとしたのは通勤ラッシュの車内のような喫煙室の写真だった。他人のタバコで火傷しそうなほど込み合った中でも、懸命にタバコを吸おうとする人々の風景を紹介しようと思ったためだ。 世論調査では、景気回復を実感しない人が圧倒的に多く、私もそのようだったが、観光需要は着実に増えているというのを実感した。毎月の給与には反映していないのだろうが、ボーナスは増えており、少し緩んだ懐が東京駅の混雑となって現れているように思う。 今年の夏は梅雨明けが早かったこともあり、夏のレジャー客はいつもの年よりも多くなりそうだということが、昨日の消失してしまったブログの結論だった。 一昨日の出張は、仙台郊外の人口1万人の町でのイベントだった。仙台からの鉄道路線はなく、1日5便のバスしかない所で、限界集落が一歩一歩近づいているような町という先入観を持っていた。しかし、行ってみるとコミュニティの結束力が残っており、1万人というのは行政の目が届きやすい規模だという感じがした。 大前研一が道州制を主張することの一つに、クオリティ国家という概念を取り上げている。世界の国の中で人口一人あたりのGDPが高いのは、シンガポールやスウェーデンなど人口5百万人から1千万人のコンパクトな国家であり、国として政策効果が発揮しやすい規模だとしている。 それと同じように、人口1万人というのは行政単位としては程よい、「クオリティ・タウン」というのもあるような気がした。もう少し考察したいのだが、明日から沖縄に2泊3日で出かけることになっている。 沖縄本島から、フェリーで30分ほどの離島で、人口は500人とのことである。コンビニもなさそうな人口規模であり、どのような生活が営まれているのか興味があるところだ。この島での様子を見てから、クオリティ・タウンということを考えてみる。 写真の貼り付けについては、Aさんに教えてもらうことにする。 |
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