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ようやく暖かくなりそうで、今日は15度、明日はなんと20度という嬉しい予報が出ている。今日は「啓蟄」で、暖かくなって冬眠していた虫たちが動き始める事の例えだが、言葉通りの陽気になりそうだ。

2月は寒い日が続いたが、3月に入っても昨日までは気温が低く、特に先週末は北風が強く気温以上に寒さを感じた。案の定というか、北海道では猛吹雪に襲われ、9人の人が亡くなるという大きな被害になってしまった。特に、50歳を過ぎた父親が9歳の一人娘を抱きかかえながら凍死したニュースには、思わず涙が出てしまった(歳とともに涙線が緩くなって困ったものだ)。

車の中で親子4人が一酸化炭素中毒で亡くなるというニュースもあった。雪だまりに突っ込んで身動きが取れなくなった車の中で、救助を待つうちにエアコンの排気が上手く行かずに、一酸化炭素が車内に充満したためだろう。雪に慣れた北海道の人でも、想定外のブリザードだったということだ。

こんな時は外に出ず、家の中でじっとしているということが鉄則なのだが、生身の体をさらすのではなく、車によって守られるという思い込みが被害につながったのだと思う。娘を抱きかかえて凍死した父親も、車の中で一酸化炭素中毒になった親子も、子どもの送迎中の事だったと想像される。“普段通りの生活”をしてはいけない日だったにもかかわらず、いつものように行動してしまったのだろう。

台風がやってきた場合には、ある程度のリテラシーがあり外出は控えたと思うのだが、吹雪は慣れっこになっているため、いつものように過ごしてしまったと思う。気象庁は、「数日前から警告を出していたが、周知できずに残念」という意味のコメントを出しており、今後はもっと発信の仕方を考えなければならないとしている。

この数年、気象庁の発する警告の文言についての反省の弁を度々聞いた気がする。津波警報や、「過去にっ経験したことのない…」など改善が図られているのだが、今一つ理解が得られていないように思う。

気象現象に関する人々のリテラシーが足りないのだと思う。生活の常識としての、気象の知識を学校教育の場にもっと取り入れるべきではないだろうか。気象現象には必ず原因があり、「なぜならば」ということが付いて回るものであり、HowではなくWhyを考える思考態度が身に着く一石二鳥なのだが…
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WBCが一昨日から始まったが、初戦は外出しており、昨夜の試合は「八重の桜」とNHKスペシャルの「震災ビッグデータ」を選択したために、つまみ食い的に少し観ただけだった。

7年前の最初の大会の時は野球では初めての「代表戦」とあってかなり力を入れて観ていたが、2回目の時は少し観戦のテンションが下がり、3回目の今回は完全に冷めてしまったようだ。予選リーグということもあると思うのだが、垣間見た限りではスタジアムの雰囲気も今一つ盛り上がりに欠けるように思えた。

今朝の報道だと、観衆は1万3千人とのことである。ふだんの福岡ドームの半分以下しか入っていないようで、冷めてしまった人は私だけではないようだ。

オリンピックやサッカーのW杯が盛り上がるのは、最高レベルの試合ということだけではなく、国同士の対戦という「代表戦」としての魅力が加わるためだと思う。日ごろは君が代や日の丸の旗に敬意を払わない人も、この時ばかりは日の丸の旗の下に結集するという、「代表戦」ならではのパワーがあるのだろう。

WBCの場合は、“本家”であるアメリカがそれほど本気になっていない(メンバーの招集に難渋を極めている)ことがこの2回を通じて判明したことや、投手の不自然な“玉数制限”などもあり、「代表戦」としての魅力がサッカーなどに比べて格段に劣るということが、冷めた見方になってきたのだと思う。これから、今回のWBCをどのようにテレビ観戦するか思案中だ。

ところで、WBCは主催が読売新聞だから、テレビは当然日テレだと思っていた。しかし、4チャンネルに合わせても他の番組をやっていて、慌てて新聞のテレビ欄をチェックした。ライバルの朝日新聞の系列局での中継である。選手のヘルメットに貼りつけてあるロゴにはたしかに「ASHAHI]とあるのだが…


エジプトの気球墜落事故で亡くなったのは、いずれも60代の夫婦で私と同年輩の人たちだ。仕事の第一線を退き、時間に少しゆとりが出来てきた直後の悲惨な事故で、お気の毒に思う。団塊世代が高齢者の範疇に突入したのだが、まだまだ身体は元気で旅行に出かける体力・気力はまだまだ充実しており、これから団塊世代が後期高齢者になるまでの10年間は、旅行需要がピークを迎えるのではないだろうか。

観光と言うと物見遊山というように取られがちであるが、観光という言葉は易経の中の「観国之光」という言葉からきたもので、国の光(=あり様)を観るということは見聞を広めるという意味合いの方が強いと思う。知的好奇心を満たすという、成熟化社会にピッタリの行動様式であると思う。

10年ほど前から、○○ツーリズムという言葉をよく耳にするようになった。○○には見聞を広める目的の言葉が入り、映画のロケ地を訪ねるフィルム・ツアーや産業の現場を訪ねるインダストリー・ツアーなどがその典型だ。中国人や韓国人の訪日観光客の増加の背景には、テレビで放映されたロケ地を訪ねるフィルム・ツアーが大きな影響を与えていると思う。私も「酒蔵見学」というインダストリアル・ツアーには何度も参加している。

昨日少し取り上げたスポーツ・ツーリズムもその仲間の一つであり、今朝の日経のサッカー特集の記事では、元ガンバの宮本がユベントスの新しいスタジアムで色々のサービスを提供し、試合の行われない日だけで13億円の売り上げを目論んでいるということを紹介していた。「スタジアム・ツアー」というそうである。

似たような言葉に、「バックヤード・ツアー」という言葉がある。ディズニーランドの裏側を覗くものが有名だが、新国立劇場のバックヤード・ツアーに出かけたことがある。舞台の上から観客席を眺めると意外によく見え、居眠りはできないものだと感じた記憶がある。

見聞を広めるという視点を持つと、○○には色んな言葉が入り、極端にいえば無尽蔵にあるようにも思える。“ネタ”の知恵比べが起こるような気もしている。観光は日本の文化を売る輸出産業でもあり、成長戦略には欠かせないものだと思うのだがどのように安倍政権は扱うのだろうか。
先日行われた東京マラソンは、世界6大マラソンの一つに加わり、ケニアから2時間4分台の選手を招待して好記録を演出し景気づけをしようとしたがあいにくの北風のため、狙っていた世界レベルの記録は誕生せず肩透かしを食ってしまった格好だ。しかし、参加した3万6千人の市民ランナーは、都市型市民マラソンの醍醐味(何と言っても「公道」を気兼ねすることなく走れるのが魅力らしい)を堪能したことだろう。

数年前に、市民マラソンについて調べたことがある。日本の市民マラソンの発展には、2つの段階があった。第一次ブームは、ホノルルマラソンに刺激を受けた、70年代後半から80年代にかけての第一次マラソンブームである。

ホノルルマラソンは、2万から3万人の参加者を集め、その半数以上が日本人ランナーであるという状態が90年代半ばまで続いた。その影響で各地に市民マラソンが生まれ、30以上の市民マラソンが誕生した。

しばらく鎮静化していたが、07年に東京マラソンが始まったことにより、それ以降50余りの市民マラソンが新たに加わることになった。その結果、今では毎週どこかでマラソンが行われるという賑わいを見せるようになったのである。

第一次と、第二次のブームの違いの一つは、第一次の場合はローカル型が多かったのに、第二次のブームでは東京に刺激を受けて、大阪、名古屋、京都、熊本など都市型マラソンが増えたことにある。公道を利用することへの配慮から、第一次は交通への影響が少ない田舎道を利用したのどかなものだったのだが、都心を半日交通規制を行うという東京マラソンをきっかけに、堂々と市街地を封鎖してまでもという主催者が増えたのである。

その背景の一つに、“経済効果”の大きさに着目した自治体が多かったように思う。東京マラソンでは沿道の警備などで15億円もの費用がかかっている。ボランティアを8千人も動員してもだ。選手の荷物をスタート地点からゴール地点まで運ぶだけでも50台のトラックが必要であり、指定された場所に並べるだけでも大変な労力が必要とされるためである。

出場料は1万円だから、3万6千人では3億6千万にしかならない(出場料10万円のチャリティ枠が1千人分あるのだが、焼け石に水である)。スポンサー料を集めても主催者の持ち出しになるのだが、そこにお墨付きを与えるのが経済効果である。東京マラソンでは170億円という試算が示されており、主催する自治体としては十分おつりがくる“経済施策”になるという判断だ。

市民マラソンは全国で100以上あると思う。東京マラソンほどではなくても、開催するには1億円以上の経費がかかるだろう。5千人程度の規模の大会では2億円前後が相場のようであった。それから類推すると直接費は300億円程度、相乗効果を10倍と見積もると3000億円程度の、立派な“マラソン産業”の誕生である。

相乗効果で大きいのは、旅費宿泊費だと思う。用具も一式そろえると数万円になると思うのだが、大会に参加するための旅費もばかにならないと思う。スポーツツーリズム振興機構(JSTA)という団体が出来た。市民マラソンだけでなく、トライアスロンや自転車のロードレースなどの大会を積極的に開拓することにより、観光をも含んだ経済施策を進めようというものである。

昨日の日経の朝刊に、「スポーツ大会 自治体や企業 集団で“お見合い”」という記事が掲載されていた。JSTAがコンベンションを開き、開催を希望する自治体と、開催したいスポーツ団体のお見合いの場を提供するという記事であった。

観光庁が後押しをしているようで、私は日本の成長戦略に観光産業が大きな柱を占めると思うだけに、面白い企画だと思うのだが、気になることもいくつかある。紙幅が増えすぎたので、続きは後日改めて。

イタリアはベルルスコーニの勢力が予想を上回ったことで混迷が一段と増したようだ。ベルルスコーニがオーナーを務めるACミランが、先週のチャンピオンズリーグ1回戦で、王者バルサを2-0で破ったことが選挙結果に影響を与えたのだろうか?
ゴルフの宮里藍がタイのバンコクで多重衝突に巻き込まれ、むち打ちになったというニュースが流れていた。次の開催地シンガポールへ移動するため、空港へ向かう途中の高速道路でのことで、別の車に乗っていたポーラ・クリーマーなども同じく被害にあったとしている。

去年の秋にバンコクに出かけた時に、私も危うく事故になりそうになりひやっとしたことがある。乗っていたタクシーが大型トレーラーを追い越そうと車線変更し、その前にいた車に追突しそうになって急ブレーキを踏み、後続の車も同じように急ブレーキの連続で何とか追突は免れたが、高速道路上で一瞬車が停止してしまった。

後方では追突があったと思う。バンコクでは7か所をインタビューのために訪問したが、いずれも移動手段はタクシーで、このとき以外にも何度かひやっとした記憶がある。とにかく運転が荒っぽいのである。

学生時代に免許をとり、社会人になって車を運転した時に同乗者から、「お前は運転が荒い」と言われたことがある。車線変更はしょっちゅうだし、すぐにクラクションを鳴らす私の運転ぶりに対する友人からの忠告だった。

免許をとった場所が悪かった。大阪で運転を覚え、そのスタイルを東京でもつら抜いたことがいけなかったのだ。友人の忠告を受け容れ、その後はクラクションを鳴らさず、車線変更も極力しないように心がけ、ノーマルな運転スタイルになったように思う。

そのことを思い知らされたのは、帰省して車の運転をした時のことだ。大阪での車の流れに乗れない運転になってしまったのだ。

一昨年中国の広州に出かけた時も移動はほとんどタクシーだったが、昔の大阪の車の流れを想い出しなぜか懐かしい感じがしたものだ。バンコクの車の流れは、広州よりももう一段ランクアップ(?)した感じで、とにかくのべつ幕なしに車線変更を続けるのである。スキーのモーグルのトレーニングをしているのかと思うほどだ。

車線変更してはブレーキを踏むの繰り返しで、これが結果的には全体のスピードを落とし渋滞の原因になっているのではないだろうか。高速道路の入口に入った途端に思わず減速して、全体のスピードが落ちて起こるトンネル渋滞と同じ原理だ。

バンコクから羽田へ戻る飛行機の中で、首にコルセットを巻いた人を見かけた。国別のむちうち症発生比率というデータを見たことがないが、成田や羽田で首にコルセットを巻いている人を数えれば、“運転の荒っぽさ指標”を算出できるかもしれない。


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